2018.2.27 Release

 

3rd Album

『Awakening』

 

0円からお好きな価格でダウンロードできます。

 

Pay what you want from here

 

 

同時発売

シングルカット

 

『Rose』

 

Pay what you want from here

 


オーディオストックでBGM・効果音を販売中!


 
ノドが痛い。

多分、ノドの傷みの原因は、
こんな感じだと思う。


ノドカッタルーイ2世.jpg


しかながら効き目のありそうな「のどぬ〜る」で「おえっ」となってしまう私。

この『ノドカッタルーイ2世』は、

ノドチ○コの裏の奥深くに潜伏しているらしく、

どうやら「のどぬ〜る」の存在を知っているみたいだ。

今朝から愛用の槍で突きまくられている。




仮面ライダーザンキ.jpg

 


『仮面ライダー斬鬼(ざんき)のトイザらス限定商品』です。


これは『仮面ライダー響鬼(ひびき)』に登場する

体力の衰えで引退した仮面ライダー斬鬼(ざんき)の武器です。

武器と言いましてもこれはギターですね。


このシリーズは音楽で敵を退治します。

実は他のシリーズとはかなり変わった設定になっているため、

このシリーズ関係の商品売上は非常に悪く

生産数も少なくなり

大変なプレミア化をしております。


さて、このシリーズ何が従来と変わっているかと言いますと、

まず、主人公が

「乗用車」で現場にかけつけたりします。

ライダーもへったくれもありません。


さらに敵は、特定の名称はなく、

単純に『デカいカニ』や『デカいクモ』などが敵です。


それらをどのように主人公響鬼(ひびき)が倒すかというと、

その『デカいカニ』などの上に乗り

自分の専用武器である太鼓のバチで、

リズミカルに思いっきり相手を太鼓代わりに叩き続けます。


正直かっこ良くはないです。


後輩の轟鬼(とどろき)が1人で敵のいる現場に向かった際

やはりまだまだ戦闘力は弱いですので、

敵にボコボコにされてしまいます。


ここで皆、響鬼(ひびき)はいつ助けに現れるのだろうと考えるのが普通です。


が、

驚くべきことに

その日の響鬼(ひびき)は「オフ」です。

故に女性とデートをしておりました。


「オフ」だったがために後輩1人で戦いに赴いたわけです。

しかしながら、

このままではやられてしまいます。

早く響鬼(ひびき)が助けに行かなければと

こちらは思います。


しかし、響鬼(ひびき)は「オフ」です。

なんと響鬼(ひびき)は最後まで助けに行かずデートを

「完遂」させます。


正直バイトの経験をしたことがある人なら共感できる

憎しみが湧くと思います。


乗用車、デカい〇〇、シフト制、必殺技はバチで叩く。


このように『仮面ライダー響鬼(ひびき)』は

ライダーシリーズとしては異質な

ストーリーであります。

これらの実社会の労働に根付いた世界観に

世のお子様たちの共感を得ることが出来ず、

商品の売上の低迷に繋がったのではと私は考えます。


興味がありましたら、

一度ご覧になってみてください。


ちなみに

引退した「仮面ライダー斬鬼」は32歳で体力の限界で

ドクターストップです。



2013-05-02 14.11.11.jpg

電車操縦型音楽機材完成。USB2.0対応。

Train operation type music equipment was completed. 
USB correspondence.



風邪だ。
体が砂を背負ったように重い。
生涯であと何回風邪をひくのかを考えると
非常に面倒な気持ちを抱えてしまう。

ということで、
風邪をひかなそうな人間のマネをしたら如何なものかと思い立った。
まずは、
寺島進である。
これはかなりの確率で風邪をひかなそうだ。
朝から寺島進で過ごしてみたのだが、
体温が1度2分上がった。
これは大発見である。
寺島進のモノマネをすると人の体温は上昇するのだ。
と風邪であるから何を書いているのか分からないこの始末である。

考え方を反転させ、
逆に風邪をひきそうな人間のマネをしたら如何なものか。
ウディ・アレンはどうだろうか。
これはしょっちゅう風邪をひいてそうだ。
むしろひいていないのに、
熱があると申告して早退しそうなタイプである。
しかし残念ながらウディ・アレンのモノマネは
正直どのようにしたら似るのか分からない。

明日がもう待っているとSMAPの声が
脅迫めいて聴こえてきた。
必ず今日中に治したい。


私の性格も表面的にも、

マンガ「東京怪童」の主人公ハシみたいだ、

と言われ、

それではと、ハシになってみた。

3秒でこのコスプレが出来る。


TOKYOKAIDO TEST021.JPG

TOKYOKAIDO TEST017.JPG


%E5%86%99%E7%9C%9F.JPG


この度、 
埋蔵文化財発掘調査でお世話になったある男性の方を、 
1人『トゥナイト2』である私が、 
日本のオタのサンクチュアリである秋葉原を 
案内した。 

秋葉原の面白さを分かってもらおうと、頑張る私。 
彼の方はというと、 
歩くたびに路上にいるメイド勢からのチラシを 
全部受け取っている。 
受け取らなくても良いのだけれども、 
それをさらに何故か貰ったら 
すぐに私に渡すのである。 
欲しいのか欲しくないのか 
よく分からないが、 
彼は手渡されたものは、 
すべて受け取るようだ。 

そのような中、 
今回案内致したのは、 
戦国メイドカフェ&バー 
『MONONOPU (もののぷ)』 
である。 
あのハリウッド女優のキルスティン・ダンストなども訪れた、 
完全予約制のメイドカフェである。 
入り口も分かりにくく、 
隠れ家的存在を醸し出している。 

しかしながらそれよりも 
指摘しなければならないのは、 
戦国なのにメイドであり 
カフェ&バーであるところだ。 
意味的に複雑骨折しているのだが、 
まぁ、あくまで架空の世界だから 
良しとしよう。 

さて無事に城へと上洛。 
ちょうど19時からの 
小早川かぐら氏(好きな武将:小早川隆景)の 
卒業ライブが始まり、 
集まっていた武将たちが待ってましたと 
猛烈なオタ芸を始める。 
恰幅の良い武将たちが熱烈な声援をおくりながら、 
汗を吹きまくっている。 
さて、お世話になった彼はというと、 
さすがに刺激が強すぎて唖然としているかと 
思いきや音楽に合わせて手拍子をしている。 

ならば良しということで、 
こちらもライブを盛り上げるのである。 
兎に角、戦国と言えど、戦は皆無であり、 
宴だけがさらに続くのであった。 
しかしながら活発に働くメイドたちは 
皆一様に実に可愛らしい顔である。 
よくぞ集まったものだなと思う。 

今回同行した彼は、 
この度の事で秋葉原をとても気に入っていただけたらしく、 
次回は私の提案で、 
シュタインズゲートの世界にもモデルとして出てくる 
メイド喫茶に行く事に。 

私のモットーは経験があって初めて事象を理解出来る 
アポステリオリであるので、 
私は知り合った方には様々な事柄に 
アプリオリとしての理解ではなく、 
アポステリオリとして理解していただきたいと 
思うのである。 

最後に私と誕生日が同じである 
ツンが8のデレが2の前田あずさ氏、 
通称あずにゃんのバッジを 
本人から購入し城をあとにした。 

架空の世界をこの次元内で生きるのも、 
また人生にとって良きものではないだろうか。


 

『NEXCO中日本 ~春の集中工事~ 』 CM (2012)


10年程前から違和感を感じていたのだが、

テレビのバラエティ番組にて頻繁に笑いの偶発的な起爆剤として、

「かむ」という現象がある。

これはもう視聴者の市民権を得たといっても過言ではないほど浸透しているのだが、

つまりは出演者がなにかしらを話そうとして、

口が回らなくなったり、

言葉として聞き取り辛い状況を自分の意図と反して作りだしてしまった出演者を、

周りが「冷やかす」ことによって笑いを起こすというものである。

この「かむ」という現象は、

日本の精神分析学では、

「失錯」或は「錯誤行為」と呼ばれているものであり、

大量の言葉や行為の混淆する深い無意識化から生じて、

意識を貫きその欠片が肉体に現れる現象なのだ。

これは万人に起こる事象である。


しかしながら、

10年以上前にはこのような状況から笑いを作り出すという現象は、

ほとんどなかった。

では何故このような笑いの新しい作為形態が設立されたのか。

私の推測では、テレビ画面の下に出るテロップの嵐が諸悪の権化ではなかろうか。

テロップを制作する上で、

出演者にゴチャゴチャとした聴き取り辛い言葉を発せられてはテロップにならない。

それを出演者が察知し「冷やかし」を笑いにしてしまうという寸法であろう。

もしこれが舞台やドラマや映画などであれば即NGである。

私は台本にないフリートークなどであれば、

別段笑いを構築する上でのこの作為は必要であったのだろうかと

合点のいかないところがある。

本来目指すべき笑いへの行動が終着地に着く事が芸であり、

これら「かむ」ことは笑いに執拗に転化するべきことではないように思う。


私はこの作為も、もうそろそろ終末を迎える頃だと思っている(現在2012年3月1日)。

ドラマのNGシーンなどを集めた番組なども昔はあったが、

今は見る事も無くなった。

人の失敗を笑うのもいかがなものかというところであろうか。

この作為の花もいずれは萎み、

散っていくものであろうと思う。

「時花」と書いて「はやり」と読むことはよく現実を捉えた言葉であり、

この作為の花も時に流されることには

やはり敵わないであろう。


  • 1/5PAGES
  • >>