「目覚めてすぐにキスできる」という謳い文句の下に、

外人の男女がベッドに横たわりながら顔を突き合わせて笑っている写真が付属されたポップが置いてある。

その下に目を向けると、

どうやらこれは新たに発売された歯磨き粉のポップであるらしい。

見るからに外国産であるような英字の羅列と独特な緑色の光沢とを帯びて、

カチカチと固そうにした歯磨き粉がずらりと並んでいる。

「目覚めてすぐにキスできる」とはなんぞやと、

概要を拾い集めて推測するに、

朝目覚めた際のまさに「開口一番」のあの口臭を、

前の晩にこの歯磨き粉を使用すれば、

立所に消えているという優れものらしい。

あの「開口一番」は確か「モーニングブレス」という名である。


誰しもがあの一番は臭いものだ。

オシャレな喫茶店の店員のあの娘も、

オシャレな雑貨屋の店員のあの娘も、

とにかくオシャレなあの娘も、

あの一番は臭いのだ。

これは非常に困ったものだということで、

開発されたのがこの歯磨き粉なのだろう。


しかしながら、

「目覚めてすぐにキスできる」という謳い文句があるのだから、

男女が一夜を共にし、

その翌朝に一番の効果を発揮するということが伺える。

つまりは、目覚めてすぐに相手側がいないと、

この歯磨き粉は何の意味も成さないわけである。

陳列棚をよく見渡せば、

外泊用パックとしても大量に売られている。

そしてこの歯磨き粉が1000円以上と意外と値段がするのだ。


もし付き合っている二人で、

何度も寝起きを共にしているのであれば

別段今更買う必要もないであろうから、

これは初めて一夜を共にする男女用としては

特別効果的なのかもしれない。

確かに、大変に盛り上がった昨晩から、

急に明るい日差しの差し込む現実へと覚醒し、

「開口一番」にザリガニの腐ったような臭いが漂ってしまったならば、

盛り上がりの余韻も一片に崩壊し、

対面する相手は所詮肉の塊にすぎないのだと思ってしまうことになるだろう。

自分はこの肉塊と何故致してしまったのだろう、

よく見れば大した人間ではないじゃないか、

速やかにこの肉塊をどこかに放り投げてしまいたい、

などと折角の人と人との新たな邂逅も

いたずらな嫌悪と殺意とで終えてしまうこともあるだろう。


と考えるに、購入者はここぞという時に、

この歯磨き粉を使用するのではなかろうか。

そうして今夜はそうなるだろうという予知をもって、

携帯用の歯磨き粉をバックに忍ばせるのである。


しかしながら私自身は、

まったくもって興味がない代物である。

むしろ自分の「開口一番」が

もしも威風堂々とした臭さでもって

相手に接触することがあったとして、

それであっけなく破綻を迎えても一向に構わない。

むしろそれを好んで付いてくる者が、

自分にとって信用たる人間であり

益々の好意を抱いてしまうからである。


逆の立場であっても同じで、

相手から表現の自由を奪われそうなくらいの臭いのお出迎えがあったとしても、

一向に構わない。

いや、そうであってほしい。

つまり、無臭では退屈なのである。

生身の人間であるのだから、

口臭があって当たり前であり、

それが乱痴気の夜の後ともなれば、

乱痴気の余韻を口臭と共にまた甦らせてくれるのだから嬉しい限りである。

昨今の若者は、

無臭である通称「ムシューダ」が良いだの、

乳首は桜色が宜しいなどと、

言っているが私はそうではない。

自分は自分であるという確固たる臭さと、

紆余曲折の人生を渡り歩いてきた乳首の黒さで持ってして、

私の興奮は天を突き抜けるのである。


ここまで読んだ者で付いてきている者は

半数以下であることであろうが、

分かる者には分かる言葉で単純に述べると、


「このオシャレでつぶらな瞳のこの娘が、

 まさかのなんたるザリガニ臭を意気揚々と行進させてくるのだ!

 私を恍惚にさせる術をこの娘はもうすでに持っている!」


これで分かる者は

私側の人間ということは言うまでもあるまい。


しかしながら、

「開口一番」どころか二番、三番、

むしろ「開口」自体が大変な状況にあり、

今では「開高 健」と呼んでおります、

という方がいるのであれば、

至急この歯磨き粉をお薦めしたい。